久しぶりの瀬尾まいこ。急にこのやわらかい雰囲気に浸りたくなって。
この主人公の千鶴みたいに 仕事や恋で悩んでいるというわけじゃない。
色んなことに真面目に悩んで疲弊してしまうにはもう図太くなりすぎた気がする。
千鶴の今までの経過がさほど詳しく描かれていないので 彼女の事情が自殺を決めるほどのことに思えないのも、そういう繊細さを失ってしまったからかもしれない。
それでも この物語の始まりは彼女の自殺決行の決意の旅立ちから始まるのだ。
話が前後するが、この話で気が付いたのは メールでは気持ちってそんな簡単に伝わらないってこと。こんな風に決意したことを彼女は恋人に(もう前の親密さは無くなっていたものの)メールをし、もちろん本人も読者もここでは「私は死ぬつもりです」と伝えたつもりでいた。
それが、だ。全然そんな風には伝わっていなかったことが後で解る。
「さよなら」はただの恋愛関係の解消と思われ、「死ぬ」心配はちっともされていなかったのだ。
中途半端な睡眠薬での自殺は 当然のように失敗に終わる。ぐっすり眠ったことでリセットできたところもあり、田舎の民宿暮らしで日々癒されていく彼女。
捜索願なんて出されちゃたまらないし、「心配しないで、生きてます」ということだけ知らせたくて書き送った「手紙」。なんだか解らないまま、遠路はるばる様子を見に来てくれた元カレ。
こんな再会でも 恋愛関係の復活みたいな感動話にはならなかったけれど それでも相手の人としての良さを確認できたこと、メールでは全然伝わっていなかったことを確認できたことは、結構いいことだったのだと思う。
1ケ月彼女が居たのは、自然しかない田舎の、宿泊客のほとんど無い、営業しているのかも不安な「民宿 たむら」。オーナーは何もかも大雑把でマイペースな男性 田村さん。この人里離れた宿に スウェットに、はだし、ぼざぼざ頭の格好を構わない田村さんと一つ屋根に下で二人きり。(民宿で、たったひとりの客なんだから当たり前だという田村さんの言葉には納得で、「それなら大きなホテルの方が同じ建物の中に男女入り乱れて……(不健全?)」という田村さんの返しには笑った)
でも大丈夫 これもまた全然恋愛展開にはならないのだ。「人間愛」的なほのかな情は芽生えたみたいだけれども。
千鶴と田村さんのキャラがとても自然でいい。千鶴の性格は本人が思うよりきっとおおらかで強く、自由なのだ。今までの暮らしの中で、気を使いすぎて、言いたいことも言えなくて苦しんできたのは、自分の本来の姿を抑え込んで来たからなのだろう。
そんな自分の素直な姿を 千鶴はここで取り戻す。田村さんは気を遣わせない。素直でちょっと失礼なくらい言いたいことをポンポン言えるようになっていく千鶴の様子を面白がって 煽っているようにも見える。器が大きいのだ。田舎の自然みたいに。
1ケ月の千鶴の田舎暮らしの様子は特に変わったことはない……と、思ったけれど、私は 揺れる舟で釣りをしたことも 船酔いで海に吐いたこともないし、鶏を目の前で締めるのを見たこともない。鶏小屋の掃除もしたことないし、おかずも要らない程甘くておいしいお米を食べたこともない。誘われたって知らない田舎の人がのたくさん集まる会合に付いてはいかないだろう。
満天の星空を見上げて 酔っぱらって地面に寝っ転がって 恋人でもない男の人と讃美歌と吉幾三を歌うなんて どんな感じなんだろうと思うのだ。
何にもない日々なんてないのだ。なんにも素敵なことを感じられないのはきっと自分の気持ちの問題だ。そんな風に思うのだ。
散歩以外特にすることがない、という千鶴の様子を見て、何が趣味だった、好きだったのか聞かれて 千鶴は絵を描くのが好きだったことを思い出す。絵の勉強をして絵を描く仕事につきたかったこと。そしてスケッチに出かけていく。
だけど、何という展開なんだろう。千鶴の絵は上手じゃないのだ。
これには驚かされた。普通、絵を描いて 絵が好きだったことを確認して、帰るにしろ居続けるにしろ「絵を描いて生きていく」という話になるのかと思ったのだ。
だけど実際は違う。上手くないことを自分でも確認するし、彼女の絵はやっぱり田村さんが見てもそうらしい。
それでも 千鶴はここから出発することを決めるのだ。居続けるのではなく、ただ帰るのでもなく。捨てようとした自分自身を見直してきっちり抱きしめて。
誰もが皆 こんな風に1ケ月民宿で暮らせば癒されて前向きになれますよ、という話ではないと思う。きっとタイミングや自分の心の状態や出会う相手や そんな色々な要素がかみ合って、前に向く力に変わるのだ。ここではこの田舎の自然と体験と「田村さん」だったけれど。
2008年に映画になっていると聞く。誰がこの雰囲気に合うかなと想像しながら読んだけれど、この映画では加藤ローサと、「チュートリアル」の徳井サンだったらしい(笑)
# by nazunakotonoha | 2020-05-01 13:20 | 瀬尾まいこ | Comments(0)