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恋人たちの森

森茉莉の耽美世界へようこそ!!

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作者は 言わずと知れた 森鴎外の娘です。

なので、明治生まれの彼女が1961年に出した本の主人公たちの名前が半朱(ハンス)だったり、茘於(レオ)だったりしても驚いてはいけません。何しろ彼女の実際の兄弟姉妹 そのほか周りの人たちの名前も 於菟( おと)、杏奴(あんぬ)、類(るい)樊須(はんす)、礼於(れお)ですからね。西洋風の名前に素晴らしい肩書がある方ばかりなのですから、キラキラネームを子供につけたい方はあやかってもいいかもしれません。

そして内容がまた 知る人ぞ知るどっぷり耽美な男性同士の同性愛もの。
ただ最初の一作はお屋敷に下宿する作者自身に似た女性の視点で 没落家族を描くもので、悲劇の結末を迎える主たる人物は女性です。語りの視線も彼女を魅力的に描いていますので、作者が「女性」に悪意を持っているわけではないことが判ります。(収録された他の作品の男性同士の恋愛話では女性は敵役としてしか出て来ないので)
昭和の初期にはもと華族とか没落した資産家の家とか そういう過去の栄華を捨てきれない亡霊みたいな人たちが作家の身近に結構居たのかもしれません。



さてさて、その一作目の(男女間の恋愛の)短編を通過すると その先の風景は、お待たせしました、濃厚で耽美な恋愛の世界です。どうぞお好きな絵を思い浮かべながらお読み下さい。(今回は「埼玉」の映画の露出が増えている昨今のせいで、バンコランとマライヒが脳内に浮かんでしまいました…ちょっと違うかな)


後の2作でも共通して主人公のふたりの組み合わせは30代ハーフ、名誉と地位、学のある大人の男性と20代前後の美しい青年。そして二人とも女性にも魅力的なため、一応彼女とか愛人的な相手がいる。

美味しいものを食べに外出し、高そうな酒を飲み、仕立ての良い服をお洒落に着て 高級車に乗り、そして部屋に戻って……。

3作とも若い方の青年たちの容姿やしぐさの描写についても、ほぼ同じなのですが 人目を引く飛びぬけた美しさ、長いまつ毛 ちょっと反り気味な唇、子供っぽい落ち着きのない動きを見せたかと思えば、自分の魅力を知りつくしたかのような媚態。拗ねたり甘えたりしながら 年上の相手を翻弄し、絡めとって離さない。

ナルシズムとマゾヒズムとは美少年のもっている二つの性癖にはちがいない、と作者が言うように、彼らはその天性の美しさをいつのまにか認識し、自分の美しい容姿がどのように相手に影響を与えるか、そして更に どのようにそれを効果的に見せるかとか無意識から意識的になるまで、磨いているわけで、それに振り回され、何もかも失くしても相手だけは離さないというところまで 狂わされていくオトナの男の転落もまた必然のなりゆきのよう。

そしてその若い魅力的な青年はふわふわと、女の子に愛想振りまいたり、他の男に魅力を感じたり、その男について行ってしまったためにMに目覚めてしまったり、女の子と婚約しちゃったりするのです。そりゃもう、嫉妬の塊になること必至。残酷な結末も避けられないでしょう。

(ただその残酷さが4作目の「日曜日に僕は行かない」では 相手の婚約者の女性に向けられます)

このラストの作品のこの題名、古い作品とは思えない 現代っぽさ。ネーミングだけでなく題名にも時代を超えたセンスが感じられます。

そういった中で、文章は緻密で重厚、濃厚で細やかで華麗。ズボンとかポケットとかいうカタカナ言葉も漢字で書くと味と重みがあって素敵です。

「何々で、あった。」という句読点の位置も ゆっくりと強調して朗読する雰囲気を想像しながら読むと そんなに違和感は感じませんでした。

いったい何歳の時に買った文庫本だったのか、こんなドキっとする描写のある本を読んでいることを家族に知られたくなくて本棚の 本の後ろに隠したことを思い出しました。(あからさまな性描写はありません。念のため)

by nazunakotonoha | 2019-08-23 16:29 | 森 茉莉 | Comments(0)