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チップス先生さようなら 

どんな人生もきっと感動的なのだ。

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年齢がうちの父に近いだけに余計、読んでいる間ずっと、どうしてもその姿を重ねてしまいます。時代は違うけれどね。
ゆっくりした動作、以前のようにすらすらとは喋らないけれど、味のある物言い。思い出を語る時の驚くほどの饒舌。記憶のあやふやなところと細かいところ。尽きない過去への愛着。

英国が政治的にも国際的にも移り変わる時代の流れの中、沢山の出会いと別れを経験し、辛いことも嬉しいことも懐かしい思い出にして、穏やかに思い出せる、そんな愛すべき年長者。



新米教師として他の学校で失敗したのち、チップスはブルックフィールドに22歳で採用されます。元来 生真面目で、あまり融通の利く方ではなく、保守的。その上、今度は生徒にナメられないようにと気を引き締めてかかってもいるようで、「面白い人気者の若い先生」という感じではありません。もちろん熱血先生でも無いし、生徒のために活躍する事件も特には起こりません。

ブルックフィールドは学力はそこそこの裕福な家庭の子息が集まり、一族が皆代々通うこともよくある学校です。生徒たちは伝統的な「悪戯」をしたり怒られて鞭を受けたり、百行清書の罰を受けたり、たまには退学を促されるような事件もあるようですが、いずれは社会に出て恥ずかしくないお行儀と教養を身に着け、英国に貢献する紳士たちになっていくようです。
そんな学校で、引退するまでの長い期間、チップス先生は教え子の子供、その孫も教えることになります。生徒たちもまた代々 老いていくチップス先生を「見守る」という形になります。

生真面目で堅苦しい感じのチップスに変化をもたらしたのは奥さんになったキャサリンです。この人のキャラクターとエピソードは素敵で、地味な彼の人生の色に 若さと華やかさと温かさを加えてくれます。彼女の影響で、彼は生徒たちとより親しみ、彼らの起こす問題に対しても柔軟で心のこもった対応が出来るようになり、そしてなんと授業やちょっとした演説で爆笑を取る、ジョークを挟むような柔らかい面を発揮するようになるのです。(もともと素養はあったのだと思いますが)


「ブルックフィールドと言えばチップスで、チップスと言えばブルックフィールド」
特別な出世は望まず、頼まれた仕事と今まで通りの教え方を貫き、新しい校長からはその教え方の古臭さを理由に退職を迫られますが、扉の外からそのやり取りを聞き知った生徒から 父兄にまでその噂は広がり、チップス先生は退職を免れ、現職を続けることができます。一途に真面目に 先生やってきて本当に良かったね、という心温まる事件でした。

古びたガウンを着ていても、ラテン語の発音が前時代的でも、それを押し通して教える頑固さも、今まで通りすらすらと喋れず、思ったように言い返せなくても、チップス先生をないがしろにしたり馬鹿にしたりなんて 許せない。愛され続ける老教師の姿にほっこりさせられます(まぁ、この新校長のやり方には今まで不満のある人が実は多かったというのもあるのですがね)


チップス先生は教師を引退後も一度 戦争中の人員不足に 請われて職に復帰します。戦争について生徒にコメントを求められても、嘘や自分の思っていないことは言いません。持論を振りかざしたりはしないけれど、戦地で亡くなる教え子のことを悼み、たとえ戦争で敵側だとしても親交のあった先生のために祈ります。

その後身体も限界を感じ、すっかり引退しますが、生徒や先生たちをお茶に招待したり、学校に足を運んで球技の試合を観戦し、新入生たちの顔と名前を覚えます。お茶に呼ばれた若い生徒たちは チップス先生の 何種類もの茶葉の混ぜ方のこだわりや、老人らしい仕草を後で笑いはするものの、決して本当に馬鹿にしたり嫌ったり疎んじたりはしません。うんと年の離れた教師仲間たちもチップス先生を敬愛しています。


散りばめられたチップス先生の、爆笑を引き起こすジョークは、残念ながら説明を読んでも、笑えませんが(説明の要る冗談やしゃれほど面白くないものは無いですね)、先生の言うことなら何でも笑おう、笑っていたい、という温かい雰囲気がいいと思います。

タイトルの「チップス先生、さようなら」はお別れの言葉です。若く明るい妻が出会った日に言い、(もちろん再会します)、きっと普段の授業の後でも生徒に言われただろうし、お茶に呼ばれた人たちもまた今度ね、有難う、楽しかったよ、という心を込めて言います。学校生活に不安を持って相談に訪れた新入生の少年も そんな気持ちで その言葉を告げるのです。


チップス先生の赤ちゃんは、あの明るく素晴らしい奥さんと同時に死んでしまった。だけど「子供がいなかった、可愛そう」という言葉に それは違うよ、と先生は答えるのです。それも亡くなるその前に。

先生の関わった幾多の子供たち、ちゃんと名前を知っている それらの大切な教え子たちは、また心を込めて言うのでしょう。
「チップス先生 さようなら」有難う、大好きですよ、また会いましょうね。

読み終えて しみじみと思い出し、深いところでふつふつと温かいものが溢れ出す、そんな物語でした。

 

by nazunakotonoha | 2019-01-18 17:08 | 海外の作家 | Comments(0)