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ちょうちんそで

「架空の妹」と思い出をお喋りしながら暮らす。それで幸せかと問われたら難しい。

(2015.6月 「本が好き」サイトに投稿したものを転載しています)



ちょうちんそで
  • 江國香織
  • 新潮社
  • 529円
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書評

最近 母が入院し、父がプチ一人暮らしになった。姉が両親それぞれの様子を見に、頻繁に帰省するようになり、姉妹の会話が増えた。
姉妹、一人暮らし、高齢者 ちょうどそんなキーワードがちらほらするので余計 印象深い物語であったと思う。 

冒頭から「架空の妹」という言葉が出てくる。その「架空の妹」と暮らす雛子さんは、高齢者向け介護付きマンションに住んでいる。が、「高齢者」という歳でもない。50代、ここではまだまだ「若いひと」だ。
あまりに何度も繰り返し「架空の妹」と記載されるので、もうそこは「飴子」さんでいいのでは?と思う。もう読者も十分解ったし。だが飴子さんがどうして「架空」なのか、実際に「居た」のか今はもう生きていないのか、なぜ「架空」なのか すぐには解らない。
雛子さんは常に(他人が介入してこない時はずっと)「架空の妹=飴子」と会話している。思い出話を語り、笑い、一緒に音楽を聴く。
飴子の方が性格がさっぱりしていて あけすけに物を言い、若々しく伸びやかで正直だ。隣の住人の男性が一人暮らしの雛子を気遣い、訪ねて来る時も 相手に聞こえないように(もちろん聞こえはしないのだが )毒づいたりもする。
「飴子」は消息を断ってはいるが実在する本当の妹だ、ということは読み進めていくうちだんだんと解ってくるのだが、雛子の一部であり「そうありたい」もうひとつの人格でもあるのだろう。


一人ぼっちで部屋にいると、独り言が増える。思い出のいっぱいある誰かと「会話」して暮らすことも それほど変なことでもない気がするし、そのことで寂しさを紛らせられ、笑顔にもなれるなら それもまたありなんじゃないかな、と思う。周囲に「少し頭がおかしいのかもしれない」と思われるかもしれないけれど。

雛子さんの話の章のほか、隣の夫婦の話があり、また誰?と思うほどいきなりに赤ちゃんのいる夫婦、その弟と恋人の亜美の話があり、そしてもうひとつ、海外暮らす少女と大好きな日本人学校の先生の話がある。
皆 そういう風に繋がるんだ、といずれは解るのだが、少しずつ、遠くまで延びた糸をたぐるように緩やかなネタばらしが紡がれる。

「飴子さん」は今「架空の姉」と一緒に生きてはいないのかもしれない。でもけして姉と過ごした幼い頃のことを忘れたわけではないし、嫌って連絡を断っているわけでもないようだ。それを感じて心底ほっとした。連絡を取らないのは深い信頼があるからかもしれない。


「架空の」同居人は一人暮らしの自分を傷つけないし、喧嘩して自分を置いて出ていくこともない。その点では雛子さんのような生き方は「幸せ」でもあるだろう。

ここの住人たちは皆優しい。自分にとっての常識とかちょっとした好奇心とか他人への様々な違和感を持ちながらも、決して高齢者同士 踏み入り過ぎず、傷付け合うことはない。
隣人の男性にも誰にも言えない「過去」があるのだが それさえ、あったのかなかったのか「架空の」思い出のように思えるのだ。

救急車が来て 誰かが運ばれていく。最近見かけなくなったな、と思うとその部屋が「空き部屋」になり補修と清掃の後 新たな「高齢者」の住人が入る。
夫婦だったり 一人暮らしだったりする その人たちはそれぞれどのように日々を生きていくのだろう

「小人を見たことがある」雛子さん、「小人を見たことがある」海外に住む少女、その少女に温かい友情で応える小島先生は年齢を感じさせない親しみを感じる素敵な女性だ。
健康でまっすぐな大学生の誠の優しさ、恋人の亜美の若さと自身への正直さ。
自分たちを捨てた母を許せない兄、正直のトラウマ。未来に何の不安も無いような生まれたての赤ん坊。そして雛子さんのマンションの住人たち。

雛子さんだけが暗く不幸に描かれているわけでもない。逆にまるでそこが絵本の世界のように明るく美しく不思議に心に残る。

物語は「えっ?終わり?」という風にプツンと終わる。これからの雛子さんの生活に変化が訪れるのか やっぱり壊されることなくそのままなのか それは解らない。でも、こうやってひととひとは切れず繋がっていて、その中で雛子さんは自分なりの幸せな生き方を選んで(それが他人に変に見えようとも)生きていくのだろうと思う。

姉と私、ゲーム機なんて無い時代、色んな遊び、色んなお喋りをしたことを思い出す。あの時、笑ったよねぇ、覚えてる?あの「ごっこ遊び」の始まりのお決まりのセリフ、こうだったよね、と話してみたい気がするが、今が充実している姉に「何?そんなことあった?」と聞かれるのがちょっと怖くて なかなか言い出せないでいる。


by nazunakotonoha | 2016-06-26 07:49 | 江國香織 | Comments(0)